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zoom RSS 気持ちの余裕

<<   作成日時 : 2017/09/26 20:23   >>

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先日7年ぶりに日本へ行った。

久しぶりだったせいもあってか、日本の雰囲気は私にとって異国のそれでしかなくなっていた。

主に東京に居たのだが、東京という場所の特殊性もあるのだろうが、そこは実に孤独であわただしい雰囲気に包まれていた。

中でも街を行き交う人々や、電車内や駅構内で見かける人々の雰囲気にはとても違和感を感じた。

簡略化して表現するなら、なんとなくピリピリ・カリカリしている人々と、腑抜けのようにぼんやりしている人々ばかりが目についた。


満員電車の中では、私の目の前に立っていた乗客で、私と同世代と思われる男性が、私が他の乗客に押されて結果としてその男性の方に私の身体が押し付けられるたびに、彼は肘で私を押しのけようとする。

満員電車の中で押し合いへし合いは当間の事のはずだが、その男性はまるで悪意で押されているかのように錯覚しているようだ。

思わず注意してやろうかとも思ったが、おそらくその男性の心には届かないだろうと感じたので、無駄なことは止めた。


マンションの入り口では、たまたま私のすぐ後から同じマンションの入り口に向かって歩いてくる中年女性がいて、両腕に荷物を抱えていたので、先に入り口にたどり着いた私がドアを開けて彼女に先に入るように促したのだが、警戒してか遠慮してか知らないが中に入ろうとしない。

仕方がないので、先に中に入り、自然にドアが閉まるに任せたが、その女性は自分の背中でドアを押して中に入っていた。

何だかしてはいけないことをしてしまったようで妙に気まずい思いをした。


他にもいろいろと細かいところで、日本人の(私からすれば)異様なふるまいを目撃したわけだが、そういうここ具体的な出来事はもちろん、そこいらじゅうの空間から醸し出される雰囲気に違和感を感じ続けたのだった。

フィリピンに戻ってきてから、あの違和感は何だったのだろうと改めて思い起こしているのだが、今現在の結論は「多くの日本人は気持ちに余裕がないのだ」ということだ。

私の考えが当たっているとしたら、次に気になるのはなぜ日本人には気持ちの余裕がないのかということだ。

あれほど物質的に豊かでかつ便利な社会で生活していて、気持ちに余裕を持つどころか逆に余裕を失うとはどういうことなのだろうか。

経済的に自立している人が圧倒的多数の社会にもかかわらず、他人に警戒し、他人を受け入れるよりは排除することにきゅうきゅうとしているように見受けられる。

彼らは一体何を恐れ何を警戒しているのだろうか。

あんな社会で暮らしていて精神的に疲れ果ててしまわないのだろうかと思うのだが、おそらく一人一人の日本人に尋ねれば、きっとほとんどの人が自分は幸せだし日本に生まれ育ってよかったと思うと答えることだろう。

でもなぁ、と思う私はやはり日本人としては変わり者なのだろう。


いうれにしても、上記の感想はあくまでもフィリピン人一般と比べてということであり、また日本にいる間に私が町で見かけた限られた日本人だけを念頭に置いての感想だから、これをもって日本人一般の傾向だと断言するつもりはない。

でもなぁ・・・・。

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