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zoom RSS 気持ちの余裕 続き

<<   作成日時 : 2017/09/28 15:57   >>

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この項は同じ内容の文章をすでに3回も書いては投稿した。

しかし、ネットの状況が悪くて、投稿するたびに接続が切断され、せっかく書いた文章がその都度消滅。

それを3回も繰り返して、今度が4回目の投稿になる。

どうせほとんど誰も読んでいないブログだし、そもそも人様にわざわざ読んでいただくに値する内容でもないので、もういい加減投稿をあきらめてもよさそうなものだが、さすがに3回も書き直しては消滅しを繰り返すと意地になってくる。(笑)

というわけで、今回は文章を書き終わったら一旦どこか別の場所に保存し、それから投稿してみようと思う。

そして、さすがに同じ文章を書き直すのにあきたので、今回は文章を大幅に簡略化しよう。

で、ここで考えたいのは、なぜ日本人は気持ちに余裕がないのかということ。

結論を行ってしまえば、計画と規則に縛られ過ぎということだろうと思う。

そもそも、計画を立ててその通りに物事を進めたり、規則を作ってそれに従うというのは、起こりうる問題を避け、できるだけ能率的かつ快適に生活するための知恵だ。

ところが、それが行き過ぎているのが今の日本で、生活を快適にするための計画と規則が、逆に生活を窮屈にしているのではないだろうか。

計画と規則に縛られて、個々人の自由度が極端に狭められているのだろうと思う。

例えば運送業。

欲しい商品を注文すると注文した当日には自宅に配達されるというサービスまであるそうだ。

当日に配達されないと困るような荷物などそれほどあるとも思えないが、それでも業界での生き残り戦略上、少しでも早く配送することが必要とされるのだろう。

そして、その過剰サービスのために従業員たちが過酷な労働を強いられることになる。

日本人の事だから、そのことに文句を言う人間はあまりいなくて、皆黙々と自らの責任を全うしようと必死に働く姿がしのばれる。

こういうことは運送業界ばかりではなくて、日本中のほとんどの業界で起こっている事だろうと想像する。

過酷な労働環境にきりきりまいにさせられた労働者に気持ちの余裕など残されるわけがない。

こうして、気持ちの余裕を失った労働者の存在は彼らの家庭や地域にその余裕の無さを伝染させていくことになるだろう。

その結果が現在の東京だ。

って、決めつけすぎているようだが、さすがに同じことを4回も書いていると、細かいことは省きたくなるのだからしかたない。

これを読んだ奴が「ちーがーうーだーろー、このハゲ〜〜〜〜!!」と叫んでいるかもしれないが、それこそ気持ちに余裕のない輩の所業である。

もっと他に書くことがあるのだが、めんどくさくなったのでここで止める。

あぁ、それにしてもフィリピンは天国だ。

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