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zoom RSS 日本の伝統あるいは日本人的なもの

<<   作成日時 : 2017/11/23 12:24   >>

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意識していたわけではないのだけれど、ふと気づいてみると最近やたらと日本史と日本文化の本を読んでいる。


日本では日本という国の国力が減退していることを国民がはっきりと感じ取っているからなのだろう、やたらと日本文化を礼賛することが流行っているようだ。

日本の文化を礼賛すると同時に、他国、特に近隣諸国の文化を貶めるような言動さえ増えているようだ。


海外に暮らしていても、そのような日本国内の日本人の偏狭な思考がひしひしと伝わってくるようで、日本国民の一人としては何とも居心地の悪い気分にさせられる。


おそらくそのような居心地の悪さが、私自身に日本文化あるいは日本人的なものとはいったい何なのかを再考させようとしているのではなかろうか。


そんなわけで、日本史を手掛かりにして、日本文化あるいは日本人的なものとはいったい何なのか、どようにとらえたらいいのかということをあまり意識的にではないが、浅薄な思考力を駆使して考え続けている。

特に日本を礼賛する人々の意見の真偽を見聞きするにつけ、いろいろな疑問が湧いてくる。


個人の性格や個性と同様に、国民性というものは裏腹で、良い面の原因は必ず悪い面の原因でもある。

だから、ことさら自国文化の現象面の良い点ばかりを強調するのは稚拙すぎる。

ところが、日本礼賛者たちは、彼らが誇りとする現象面の原因については深く掘り下げない。

表に現れた現象だけを取り出して、どうだすごいだろうと言わんばかりに鼻息をあらくし、自らの主張にうっとりとするばかりだ。


また、そもそも日本を礼賛する人々が言う「日本の伝統文化」というのは、いったいいつからいつまでの伝統を念頭に置いているのだろうか。

縄文文化と平安文化と武士文化と明治・大正期の文化と戦前の文化と、戦後昭和文化と、こう並べただけでも現代にまでその影響を及ぼし続けている伝統文化とひとくくりにできるようなものを見つけ出すのは至難の業だ。

日本礼賛の風潮を不快感をもって見聞きしている私のような人間が、日本らしいなぁと感じることのほとんどは、戦後から昭和末期までの間の日本人が作り上げ、その名残が今でものこっている現代日本人のありようだ。

それは、地球規模での絶対的平和を願う国民の多さであり、民主主義的自由主義の大切さを失うまいとして努力する人々の真摯さであり、異文化を楽しむ態度であり、人間の普遍的平等性に対する確信であり、他人の信仰心や心情を極力尊重しようとする態度などだ。

不思議なことに、日本礼賛をする日本人というのは、私が「良きもの」と感じる上記のような日本人的なものの価値を否定する傾向がある。

日本礼賛者というのは、本当のところ日本文化に無理解で、ましてや他国の文化に関する知識を欠片ほども持たず、知識と思考力が限りなく浅薄な人々なのであろう。

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