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zoom RSS 幸せを感じる瞬間

<<   作成日時 : 2017/11/16 16:16   >>

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一日中幸せだとか、一年中幸せだなんて人間はいないだろうし、もしもそんな人が居たとしても、それは相当のアホウだ。(笑)

幸せというのは多くの場合瞬間的なものだろう。

幸せだ、幸福だ、と感じた瞬間から次第にその幸福感は薄れていって、やがて日常の平常な気分へと戻っていく。

それでもやはりそういう幸せな瞬間というのはうれしいものだし、できるだけ頻繁に感じていたいというのも人情だろう。

さて、自分はどんなときに幸せを感じるのだろう。

もう10年以上前になるが、かなり親しい知り合いと四方山話をしているときに、まさにどんなときに幸せを感じるかという話題になり、そのときの知人の答えが「眠りに入る瞬間」だった。

その人は私よりも一回り年上だったので、なるほど年を取るとどうでもいいようなことに幸福を感じるものなのだなぁと半分馬鹿にしてきていたが、今の私にとって一番幸せな瞬間がまさに「眠りに入る瞬間」なのだから人の幸福感は馬鹿にするべきではない。(笑)

それ以外にどんなときに幸せを感じるかというと、孫のために何かをして、その結果孫が喜んでくれた時だ。

小さな子供を喜ばせるなど簡単そうだが実は難しい。

ましてや子供も馬鹿ではないから、こちらが毎回同じようなことをすればそのうちに喜ばなくなるどころか無視される。

あるいは、孫の起源の悪い時に、それと気づかずに喜ばせようとしたら逆効果になったりもする。

そんな具合に難しいことなので、思い通りの結果が得られた時には実に幸せな気分に浸れるわけだ。

これも、やはり年を取ったが故の幸福感だ。

年を取るとやたらと些細なことに幸福を感じるようになるものなのかもしれない。

他には、抱えていた大問題を解決した時なども幸福感の絶頂に浸れる。

それまでその問題に苦しめられていればいるほど、その問題を解決できたときの解放感は大きい。

問題というのもなんだが、街を歩いていて突然強烈な便意を催し、耐えに耐えて自宅や会社のトイレにぎりぎりのところでたどり着いて無事に排便した瞬間も実に幸福であり、どんな問題を抱えていても、その瞬間だけは自分は世界一幸福な人間なのではないかという錯覚に陥る。

ほかにもいろいろと幸福な瞬間が思いつくのだが、どれもこれも実に些細でくだらないことばかりだ。

どうでもいいようなことで幸福を感じることができる自分はなんて幸せな人間なんだと思う。(笑)

こういう私のような人間は、きっと死ぬまで何を成し遂げるでもなく、ただただ生を全うして消え去っていくのであろう。(笑)

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